朝日新聞、「南京事件、日中双方で議論再燃 今年70周年」

南京の真実」スタッフブログで、水島聡氏のコメントが朝日新聞に掲載されたことを知りました。8月23日付け朝刊、「南京事件、日中双方で議論再燃 今年70周年」という記事です。
引用されている水島社長のコメントは「取材を重ねるたびに民間人や住民への虐殺や暴行はなかったとの確信が強まっている。政治によって歴史を変えてはいけない」という、「あ〜、そうですか〜」としかリアクションしようがないものなのですが、一番ひどいのが次の部分です。

 「南京攻略戦が、通常の戦場以上でも以下でもないとの判断をするに至った」。自民党有志議員でつくる「日本の前途と歴史教育を考える議員の会」(会長・中山成彬文部科学相)は6月中旬、南京事件の「調査検証の総括」を発表した。
 (1)日本軍による南京陥落直後の38年、当時の国際連盟で中国代表が「2万人の虐殺と数千の女性に対する暴行があった」と報告し、国際連盟に「行動を要求」したが、「日本非難決議」として採択されなかった。
 (2)南京戦の総司令官、松井石根大将は、残虐行為を阻止しようとする義務を怠ったとして東京裁判で死刑判決を受けたが、「平和に対する罪」「人道に対する罪」の訴因は無罪だった。
 この2点を挙げ、「『南京大虐殺』は国際連盟東京裁判でも否定された」と主張した。

(1)についてはすでに何度か批判しましたが、「非難決議が通らなかったから、非難されるべき出来事はなかった」などということを政治家が大まじめで主張しているかと思うとぞっとします。(2)もトンチンカンで、「平和に対する罪」はまず南京事件には関係がありません。また、『東京裁判の国際関係』(日暮吉延、木鐸社)の整理による「訴因の内容」(粟屋憲太郎、『東京裁判への道 下』、講談社選書メチエ、48-49ページに転載されたもの)では、第2類「殺人」に次のようなものがリストアップされています。

訴因45 1937年12月12日以後の南京攻撃による中華民国一般住民・武装解除兵員の不法殺害

これに対して第3類「通例の戦争犯罪および人道に対する罪」に属しているのは次の三つです。

訴因53 1941年12月7日(中国の場合、1931年9月18日)以後の戦争法規慣例違反の共同謀議
訴因54 訴因53と同一期間における戦争法規慣例違反の命令・授権・許可
訴因55 訴因53と同一期間における戦争法規慣例違反の防止義務の無視

これらのうち松井石根は訴因55について有罪となり、訴因54については無罪となっています*1。訴因45については54や55と重複するという理由で「判定を与える必要はない」としています。訴因54は(松井の場合)南京事件の積極的な責任を問うもので、55は不作為責任を問うものです。要するに東京裁判は松井が積極的に捕虜の殺害等を命じたとは判断せず、不作為責任のみを問うたということであって、だからといって南京事件を否定できるわけがありません。


一方、こういう発言もまた困りものです。

朱成山館長は「拡張は収集品の増加で手狭になったため。首を切り落とすなどの残虐な展示はしない方向で検討している」と話す。30万人という犠牲者数は「東京裁判や南京軍事法廷、当時の外国メディアの報道などから明らかだ」と公式見解を繰り返した。

南京軍事法廷だけでなく東京裁判も権威としてひきあいに出すなら犠牲者数は例えば「20万〜34万」としなければならないはずで、「30万人」という数字の根拠にすることはできません。互いに敵に塩を送り合っている状態、とでも言いましょうか。

*1:その他訴因1、27、29、31、32、35、36についても無罪。これらはすべて「平和に対する罪」に属する訴因。