『久生十蘭「従軍日記」』

作家久生十蘭の日記が講談社より出版されているのを発見、さっそく購入(翻刻=小林真二、解説=橋本治)。三一書房の全集買ったけどろくに読んでないなぁ…と反省しつつ。
昭和18年に海軍報道班員としてインドネシアニューギニアなどに派遣された時の日記、およそ半年分。戦局が悪化してゆく時期にあたるだけに内容が楽しみなのだが、ここでは別のはなし。
南京の真実 情報交換掲示板」で従軍将兵が日記などつけていたはずがない、と荒唐無稽なことを主張していた人物のことはすでにご報告した。これに対してはさすがに、否定派を名乗る方(空也さん)からも、「僕自身、日中戦争に行かれた方が行軍の合間に書かれた日記や川柳をつづったものを実際に手にしているんですが」と抗議が(スレッド134)。ところが、この空也さんの「おそらく万年筆で書かれたもので、インクの色は黒と言うよりは青っぽかった」という紹介に噛み付いた人物が。曰く、当時ポピュラーだった「ブルーブラック」のインクは「理論的には、書いた時点では青と黒の間のような色合いであるのですが、時が経つと黒だけが残ります」、と。だからあとから書き直したかどうかしたんじゃないのか、と。
こちらとしても1930年代のインクの科学的特性のことなんて知らないし、肝心なのは「従軍将兵が日記をつけていたはずはない」というのがどうしようもない与多だということなので「あなたのおっしゃるのもしょせん蓋然性のはなしですよね」などと反論することしかできなかったのだが、この『久生十蘭「従軍日記」』の表紙見返し(というのかな?)部分に、日記原本の写真が印刷されていて、その文字は間違いなく青みがかっている。翻刻者の「解題」によれば使用された筆記具は全体の6割強が濃紺(ブルーブラック)色ペン、3割強が鉛筆、残りが黒色ペンであるとされている。講談社がまがいものをつかまされたというのでない限り、ここでもまた否定派得意の「〜のはずがない」「〜のはずだ」論法が事実の前に敗れ去った、ということになる。