週末の報道より
- 「被爆ろうあ者が手話で証言 広島の講演会で」(朝日新聞、6月28日夕刊)
髪の毛がごそっと抜け、発熱が続いた。母はヨモギを煎(せん)じた薬を飲ませてくれた。当時は母を通じてしか社会との接点はなく、しばらくは近くのガスタンクが爆発したものだと思いこんでいた。終戦のラジオも聞けず、「新型爆弾」だったことは年末になって誰からともなく伝えられた。キノコ雲という言葉を知ったのは、被爆から十数年後に原爆資料館を見学してからだった。市内が壊滅している全景写真を見て初めて、被爆の全容を知った。
人並み以上には戦争に関する本も読みドキュメンタリーの類いも見てきたつもりであっても、まだまだ思いもよらなかったような経験をした人がいたのだ、ということを思い知らされました。
- 「旧満州の山中「幻の大要塞」 関東軍建設、日中が確認」(朝日新聞、6月29日)
写真を見た軍事史研究家の佐山二郎さんは「これだけ大規模だったとは驚きで、旧陸軍の要塞でも最大級のものだろう。兵員の生存のための大規模な地下トンネルを持たない構造は、玉砕覚悟で敵を足止めする性格が極めて強い」と話す。
関東軍の要塞と言えば以前に虎頭要塞の日中共同調査について紹介させていただいたが、その続報ということになる。「虎頭要塞日本側研究センター」のサイトに今回の調査の報告があった。