『キムはなぜ裁かれたのか』

3月8日(日)に再放送されたETV特集「シリーズBC級戦犯(1) 韓国・朝鮮人戦犯の悲劇」のエンドクレジットの冒頭に「資料提供」として著者の内海氏の名前があるが、内容的にも重なっている部分が多いので番組を見損なった方が代わりに読むのもよし、ご覧になった方がさらに詳しく知るために読むもよし。
番組との大きな違いは(もちろんこちらの方が全体として当時の状況を詳しく記述している、ということは別として)まず第三章で日本軍の捕虜政策についての概説があること。内海氏の『日本軍の捕虜政策』(青木書店)は価格からいっても分厚さからいっても気軽に読める本ではないので、いわばそのダイジェスト版として読むことができる。もう一つは元捕虜、元抑留者の視点にもより配慮されていること。ETV特集の方でも元戦犯で戦後に「韓国出身戦犯者同進会」の中心人物の一人となったイ・ハンネ(李鶴来)氏が、歳月とともに元捕虜たちの苦しみにも目が向くようになっていったことが描かれてはいたが、本書では捕虜の移送や収容所および作業現場の惨状が紹介されている他、オーストラリア軍の軍医だったダンロップ中佐を中心に戦後の歳月を通じた心境の変化を紹介している。「李鶴来たちはみな責任のない、将棋の駒だった。生きていた戦争の時代の決定的な犠牲者だった。重い責任を負わされた哀れで、悲劇的な小さな将棋の駒です」と語る元中佐が同時に次のように語っていたこと。

「これだけはわかってください。死や餓え、過酷な労働や病気といった悲惨な状況に、さらに追い打ちをかける人間に対しては、憎しみ以外の感情はどうしてももてないのです。戦争直後、憎しみに満ちあふれていた人びとにとって、正しい判断を下すことは無理だったのです」
(320ページ)

ETV特集で元戦犯やその遺族が刑死者の合祀取り消しを求めて靖国神社に向かうシーンがある。一人の遺族が感情もあらわに警備員に「自分の父親だったらどう思う?」と詰めよっている。合祀に関わる判断に全く関与する余地のない*1警備員に向けられる怒りは理不尽かもしれないが、朝鮮人(あるいは台湾人)監視員を戦犯とした「感情」と共通するものをもっている。


さらにもう一つ、戦犯である間は「日本人」扱いされ、釈放と同時に外国人として放り出された元戦犯たちの権利闘争についても、本書は番組よりずっと詳しく紹介している。当時の鳩山首相に宛てて「私としては当時中央政府の要請に従い半ば強制的に徴用に応ぜしめた旧朝鮮総督府の責任者として、かれらの要望を実現せしむるよう強く懇願する次第であります」という書簡を書いた元朝総督府政務総監もいれば、「共産党の手先になって煽動しておる連中」も混じっている運動に対して「国家が甘い目を見さすことは適当でない」などと発言した元大本営参謀の国会議員もいたこと、を含めて。議事録を調べてみると「三十万円やったら、それでどぶろく、密輸をやるにきまっておる」などとも発言していて、さすがに別の委員から咎められていた。やれやれ…。

*1:捕虜監視員となった朝鮮人青年たちよりも実質的に大きな職業選択の自由があっただろう、という違いはあるにせよ。