「話が違う」? たしかに・・・

ni0615 さんからの情報提供です。
「台湾は日本の生命線!」というブログによれば、第2回の「公共放送のあり方を考える議員の会」総会において安倍元首相と総務省・流通行政局長の間に次のようなやりとりがあったそうです。

そこで安倍氏は「NHKは柯徳三さん(番組の被取材者)たちに質問をし、日本を好意的に捉えた証言部分を全部カットしている。このような事案を除外すれば問題だ。編集が問題なのでは」と追及すると、局長は予想外の発言に出た。


―――番組が取材を受けた人の期待通りにならなくても、直ちに番組準則の違反とはならない。最高裁の判決もある。


この判決とはNHKが「女性国際戦犯法廷」を報じた番組により主要部分が大幅にカットされたため、「期待権を侵害された」とする主催者の訴えを退けたもの。しかし「JAPANデビュー」で問題となっているのは、被取材者の感情を裏切ったかに等しい恣意的な編集である。


安倍氏は「話が違う」と一蹴。局長は沈黙した。
(http://mamoretaiwan.blog100.fc2.com/blog-entry-791.html)

私はもちろんこのやりとりを直接目撃しているわけではありませんが、安倍元首相に好意的な立場からの報告ですから元首相に不利なかたちで歪曲されていることは考えにくいですし、仮にこのようなやりとりが実は存在しなかったとしても、現に「NHKは柯徳三さん(番組の被取材者)たちに質問をし、日本を好意的に捉えた証言部分を全部カットしている」といった趣旨のクレームは付けられているわけなので、以下ではひとまずこのようなやりとりがあったことを前提としてはなしを進めます。
総務省局長が言及している「最高裁判決」とは、もちろんVAWW-NETNHK他を訴え、最高裁で敗訴した件を指しています(判決文はこちら)。「台湾は日本の生命線!」は「しかし「JAPANデビュー」で問題となっているのは、被取材者の感情を裏切ったかに等しい恣意的な編集である」としていますが、ではETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」第2弾、「問われる戦時性暴力」をめぐってはなにが「問題」になったのでしょうか。VAWW-NET側の主張は次の通りです(強調は引用者。文中半角のカギカッコを全角に改めた)。

(・・・)ところが、ETV2001シリーズ「戦争をどう裁くか」(1月29 日―2月1日)の第2夜の1月30日に「問われる戦時性暴力」というタイトルで放送 された番組は「女性国際戦犯法廷の過程をつぶさに追い、半世紀前の戦時性暴力が世界の専門家によってどのように裁かれたるのかを見届ける」という企画案とは似ても 似つかぬ内容になっていました。


「法廷」についての部分は異常に短く、「法廷」のフルネームも、「日本軍」や「性奴隷制」などのキーワードも、「法廷」会場内の光景も、主催団体も、主催者の発言も一切ないばかりか、「法廷」の「法廷」たるゆえんであり、シリーズ全体のテーマ「戦争をどう裁くか」の核心でもある判決についても、一言もふれなかったのです。そして、出演者たちの「法廷」を少しでも評価する発言は全部削られていました。


被害者証言も あまりにも短く、加害兵士の証言は全面カットでした。その一方で、司会者が「法廷』についてわざわざ懐疑的なコメントをし、さらに、右翼学者に「法廷」批判と「慰安婦」 についての暴言(売春婦だとか、証言に裏づけがないとか)を延々としゃべらせたのです。 番組の中で「法廷」に対する批判的見解を紹介するのは自由ですが、批判の対象である「法廷」についてまともに紹介もせず、主催者(*)の松井やよりの長時間のインタビューも全面カットで一言も発言させないという一方的な番組は、公正中立には程遠いものです。そして、「慰安婦の強制連行はなく、売春婦である」という右翼学者の発言に反論もさせないのでは、NHKがその見解を支持していることになり、国連など国際社会の「慰安婦」制度についての共通見解を無視していることになります。


番組は「法廷」についてカットした分を、「慰安婦」制度の責任者処罰という「法廷」 の趣旨とは関係ない「慰安婦」損害賠償請求訴訟やアジア国民基金の紹介や前日放送した画面を繰り返して流すことで時間を費やし、それでも埋め合わせられなくて、予定の44分番組を4分間短くするというまさに前代未聞の異様な改ざん番組でした。
(http://www1.jca.apc.org/vaww-net-japan/nhk/etv2001.html#article3)

そして最高裁判決でも次のような事実が認定されています(強調は引用者)。

そこで,Lは,上記試写に参加したF,G,C,I及びJらに対し,「法廷との距離が近すぎる。」,「企画意図と違う。」,「修正不能」などと述べた。このため,同人らは,資料映像を用いて戦後補償裁判などの歴史的経緯の説明を行うこと,海外の報道機関による反響を紹介すること,死者を裁くことや弁護人が無いこと等の問題点をアナウンサーのコメントで補うことなどを確認し,さらに,Bに対するインタビューを削除し,昭和天皇有罪の審理結果発表の場面をナレーションに変更するなどの編集を行ったが,同月24日に行われた試写において,Lは,上記同様の理由から更に番組の内容を変更するよう求めた。
(・・・)
なお,本件女性法廷の主催団体については,当初は上記イのとおり原告等であることが示されていたが,この仮編集の段階までには「日本とアジアの女性のNGO」とされた
(・・・)
同年1月29日,O,M,P,L,F及びGの立会いの下,上記仮編集版の試写が行われた。試写後,Pは,Fに対し,①本件女性法廷において日本国と昭和天皇に責任があるとした部分を全部削除すること,②スタジオ発言で本件女性法廷をラッセル法廷に匹敵するかのように積極的に評価している部分を削除すること,③海外メディアの反応から日本政府の責任に言及した部分を削除すること,④日本政府の責任に言及したその余の部分も削除すること,⑤本件女性法廷に反対する立場のQ教授に対するインタビューを更に追加することなどを指示し,上記指示に基づき台本の修正及び本編集が行われ,さらに,その後,M及びOの指示に基づき,慰安婦らの証言場面の一部と加害兵士の証言場面等が削除されたため,最終的に完成し,放送された本件番組は約40分のものとなった。

このような強引な再編集の背景として、判決は次のような事実を認定しています。

キこの間の同年1月25日,Y 1の平成13年度予算案が総務大臣に提出された。Y1においては,この少し前から,総合企画室の担当者らにおいて,与党3党所属の国会議員の一部に対して個別に予算説明を行っていたが,その中で,本件番組について,4夜連続で本件女性法廷をドキュメントで放送する番組である旨のうわさが流れていることが判明した。そして,同月29日にO及びPらがR内閣官房副長官と面会した際に,Oが,本件番組について,本件女性法廷は素材の一つであり,4夜連続のドキュメンタリー番組ではないと説明をしたところ,同副長官は,従軍慰安婦問題について持論を展開した上,Y1がとりわけ求められている公正中立の立場で報道すべきではないかと指摘した。

番組が放送された2001年の1月に内閣官房副長官だったのは・・・そう、他ならぬ安倍晋三元首相です。
さらに最高裁判決は次のような事実も認定しています。

ウこれを本件についてみると,上記事実関係等によれば,本件番組の取材に当たったY3の担当者は,原告に対し,①本件提案票の写しを交付し,②本件番組は,ドキュメンタリーと対談とで構成され,本件女性法廷が何を裁くかということや本件女性法廷の様子をありのままに視聴者に伝える番組になると説明し,③昭和天皇についての判決がされれば,判決の内容として放映すべきであると述べ,④本件女性法廷の全部及びその準備活動等その開催に向けた一連の活動について取材,撮影したいと申し入れ,⑤実際に,原告の運営委員会の傍聴や撮影,Bに対するインタビュー,本件女性法廷の会場の下見への同行,リハーサルの撮影を行い,本件女性法廷の開催当日,他の報道機関が2階席からの取材,撮影しか許されなかったのに対し,1階においても取材,撮影することが許され,本件女性法廷の一部始終を撮影したというのである。

高裁判決ではこうした経緯が「取材者の言動等により取材対象者がそのような期待を抱くのもやむを得ない特段の事情」として認められ、原告勝訴となりました。最高裁はこのような事情をもってしても「原告の主張する本件番組の内容についての期待,信頼が法的保護の対象となるものとすることはできず」として、原告敗訴の判決を導いたわけです。
さて、こうした最高裁の判断を「JAPANデビュー」の事例に当てはめてみましょう。仮に制作サイドが柯徳三さんに対して「日本の台湾統治の功績を知らしめる番組をつくる」と説明し「提案票*1の写し」に類するものを提示し、にもかかわらず現に放送されたような番組になったという場合ですら、柯徳三さんの「期待権」は法的な保護に値するものとはならない、ということになります。最高裁判決は法的保護に値する「期待権」について次のような高いハードルを科しています。

もっとも,取材対象者は,取材担当者から取材の目的,趣旨等に関する説明を受けて,その自由な判断で取材に応ずるかどうかの意思決定をするものであるから,取材対象者が抱いた上記のような期待,信頼がどのような場合でもおよそ法的保護の対象とはなり得ないということもできない。すなわち,当該取材に応ずることにより必然的に取材対象者に格段の負担が生ずる場合において,取材担当者が,そのことを認識した上で,取材対象者に対し,取材で得た素材について,必ず一定の内容,方法により番組中で取り上げる旨説明し,その説明が客観的に見ても取材対象者に取材に応ずるという意思決定をさせる原因となるようなものであったときは,取材対象者が同人に対する取材で得られた素材が上記一定の内容,方法で当該番組において取り上げられるものと期待し,信頼したことが法律上保護される利益となり得るものというべきである。

柯徳三さんへの取材に際してはこのような事情が成立しているとの説得力ある主張はなされていませんし、そもそも「日本の台湾統治の功績を知らしめる番組をつくる」と説明したなどといったことも主張されていません。したがって、NHKは柯徳三さんの意向に沿うようにインタビュー素材を編集すべきだったと主張する人間は、なおさらVAWW-NETの意向をNHKは尊重すべきと主張するのでなければ筋が通りません。話が違う? ええ、確かに違いますね。今回のケースでは、かつて東京高裁がVAWW-NET勝訴の判決を出す根拠となった「特段の事情」すら成立していないようですから。

*1:最高裁判決によれば「番組の制作を決定する機関や部署に対していかなる番組を制作するかを提案するために,番組制作担当者が作成する文書」。