東京裁判判決和文の問題

先日東京裁判の判決文から南京事件に関する事実認定の一部を引用したが、それに関連して和訳に疑問のある箇所があるのでメモ。

 城外の人々は、城内のものよりもややましであつた。南京から二百中國里(約六十六マイル)以内のすべての部落は、だいたい同じような状態にあつた。
アジア歴史資料センター、「A級極東国際軍事裁判速記録(和文)・昭和23.11.4〜昭和23.11.12(判決)」、レファレンスコード=A08071311400、画像99/135)

「ややまし」なのに「だいたい同じ」とはどういうことか? といぶかしく思う人もいると思いますが、この箇所の英文は次のようになっています。

Those outside the city fared little better than those within. Practically the same situation existed in all the communities within 200 li ( about 66 miles ) of Nanking.
アジア歴史資料センター、「A級極東国際軍事裁判速記録(英文)・昭和23.11.11〜昭和23.11.12(第49497〜49858頁)」、レファレンスコード=A08071339200、画像117/376)

"little better" ですから「ややまし」という訳よりも「ほとんど変わらずひどかった」などの方が英文に近いでしょう。これならば「だいたい同じような状態」とも齟齬はありません。判決の英文と和文の法的な関係はともかくとして、判決文の作成過程としてはまず英文が作成されそれが和訳されたという順序でしょうから、裁判官たちの認識としては「ややまし」ではなく「ほとんど変わらずひどかった」であったと言うことができます。
ちなみに、南京〜上海間が約300キロですから、「南京から二百中國里(約六十六マイル)以内」というのが相当広い空間的範囲であることが分ります。東京からで言えば直線距離で沼津、甲府、前橋、水戸、銚子あたりがこの範囲に収まります。大阪市からであれば赤穂、舞鶴彦根、津、田辺あたりが収まることになります。