『ザ・パシフィック』

スティーヴン・スピルバーグトム・ハンクスらが製作総指揮にあたった2010年のテレビシリーズ、『ザ・パシフィック』全10エピソードのうち、三が日で第8話まで観た。戦局で言えばガダルカナルから硫黄島まで。
このシリーズで描かれる戦場のうちペリリュー、硫黄島、沖縄では日本軍が持久作戦を主とし米軍側にも多大な死傷者が出たことはよく知られている。これに対してガダルカナルでは圧倒的な火力の差の前に日本軍が(リンガ沖野戦のような部分的勝利はあったものの)一方的に敗北した、と認識されているはずだ。そしてマクロな認識としてはその通りだと言ってよいのだろう。生き残りの日本軍兵士も圧倒的な火力の差を証言している。しかし米軍の兵下士官の視点で描かれるガダルカナル(およびニューブリテン島)の戦いは米側にとっても非常に苛烈であった、というのが興味深い。開戦から間もないこの時期、陸軍の装備がかなり旧式であったことを示唆する描写もある。
プライベート・ライアン』以降スタンダードとなった“リアル”な戦闘描写よりもこのシリーズの戦争認識の深度をよく現わしているのは、糞尿にまつわる描写を自然に紛れ込ませているところではないかと思う。
このシリーズが焦点を合わせている兵下士官3人のうち、一人は回想記が邦訳もされているユージン・スレッジ氏である。このブログではペリリュー戦後に休息のため訪れた島で赤十字の女性を見かけた際のエピソードと、金歯あさりを止められた際のエピソードとを紹介した。前者はほぼそのまま映像化されているのに対し、後者はスレッジ氏を止める兵士が別人になっている。前者が当時うけた印象についての回想であるのに対し、後者は戦後になって始めて到達した認識を含めた回想という違いがあるからだろう。戦後の視点も盛り込まれている後者の記述を本シリーズの構成を崩さずに映像化することは確かに困難だからだ。スレッジ氏の回想では彼を止めるのある衛生兵だが、ドラマでは以前に自身も金歯を取った(そしてスレッジが金歯を取ろうとするまさにその時まで、日本兵の死体をおもちゃにしていた)下士官に止めさせている(衛生兵の言葉は利用されているが)ことで、スレッジ氏が戦後に考えたようなことを表現しようとしたと思われる。
なお、ウィキペディアの『ザ・パシフィック』の項には「なお、第1章ガダルカナル前編における、眼球を刳り貫かれ男根を口中に詰め込まれ斬首された米兵の陵辱遺体の描写は原作に無い演出である」という記述があるが、スレッジ氏の『ペリリュー・沖縄戦記』(講談社学術文庫)には切り離した男根を口に押し込まれた米兵の遺体を目撃したエピソードが登場する(233ページ)。