「目撃者がいない」論の嘘とゴマカシ(追記あり)

河村たかし名古屋市長が南京事件否定論を展開する際に「目撃者がほとんどいない。(これが)かなり決定的」と述べたことはすでに報道された通りですが、ここには1つの嘘と2つのゴマカシが含まれています。まずは目撃証言以外の証拠によって裏付けられている虐殺の事例が多数あることを無視するというゴマカシ。次に、実際には何人もの目撃者(もちろん、虐殺の全体を目撃した人間などいるはずがないのであって、「南京事件」を構成する個別事例を目撃した、という意味ですが)はいるのに「ほとんどいない」と嘘をついている点。では、もう一つのゴマカシとは?

 一連の事件は、当初警察の捜査で自殺と判断されたり、自宅が全焼するなどし、自白や目撃者を含めて直接証拠がない。このため検察側は論告の冒頭、「間接証拠で認定しなければならないが難しくも珍しくもない」と裁判員に訴え、「朝起きたら一面雪化粧だった。雪が降った場面を直接見ていなくても『夜中に雪が降った』と認定できる」と独特の言い回しで説明した。
(http://mainichi.jp/select/today/news/20120312k0000e040198000c.html)

河村妄言とほぼ同時期でありながら、マスコミでの報道量では圧倒していた首都圏連続不審死事件の論告公判を伝える記事です。この裁判における検察の立証が十分かどうか、すなわち有罪判決が下されるべきかどうかについてはここでは一切立ち入りません。しかし目撃者が「ほとんど」どころかまったくいなくても起訴され、死刑を求刑され得るというのが日本の刑事裁判の現実であるわけです。求刑どころか、犯行現場を目撃した人間が一人もいないのに、実際に死刑判決が確定した事例もあります*1。これまたさんざんマスコミがとりあげた和歌山毒物カレー事件も、目撃者や直接的な物証がないなかで死刑判決が下り、確定しました。
例えば東中野修道氏は、マギー牧師が東京裁判で証言した一件の殺人事件について、実はマギー牧師が殺害の瞬間そのものを目撃していなかった、と鬼の首でもとったかのように強調していました(例えばこちら)。しかしマギー牧師は中国人とそれを追いかける日本兵が角を曲がるところを目撃し、曲がった先が行き止まりになっていたことを知っており、それゆえ追いかけていた日本兵以外に実行犯を合理的に想定することはできないわけです。「朝起きたら一面雪化粧だった。雪が降った場面を直接見ていなくても『夜中に雪が降った』と認定できる」ように、この一件の加害者は追いかけて行った日本兵であると「認定」出来ます。


追記:id:myogab

myogab 薬漬けの米兵ですら住民虐殺しちゃうんだから、当時の日本兵が何も無い訳ないよね。ただ、状況はアレと似たようなもんで、その死者の全てが日本兵によると言うのも無理筋。割合の話をしないとどっちも詭弁ぽくなる。 2012/03/18

「その死者の全てが日本兵による」と言ってるのって、誰ですか? 例えば12月13日の晩に挹江門で中国軍の同士撃ちにより多数の死者が出たこと(すなわち、すべての死者が日本軍に殺されたわけではないこと)については、代表的な入門書である『南京事件』(笠原十九司岩波新書)にもちゃんと書いてあるんですが(136ページ)、あなたはそのことすら知らないわけですよね? 事程左様に、南京事件に関しては(あるいは「慰安婦」問題や三光作戦についてもそうですが)、出来事それ自体についても論争史についてもごくごく基本的なことすら知らない人が、上から目線で「正しい論じ方」について説教垂れる、という珍現象が起きるわけです。

*1:そもそも殺害現場が第三者に目撃されているケースの方が稀でしょう。