「A級戦犯」「BC級戦犯」という用語について

一般に「A級戦犯」は極東国際軍事裁判所条例の第5条A項が定める「平和に対する罪」で訴追され、有罪になった戦犯と理解されている。そこから、「平和に対する罪」でも起訴されたものの有罪になったのは同5条B項が定める「通例の戦争犯罪」のみであった松井石根は正確にはA級戦犯ではない、という論が出てくる。だが、「A級戦犯」と対になる「BC級戦犯」という用語をよくよく検討してみると、腑に落ちない点がある。
A級戦犯=5条A項で有罪になった者、であればBC級戦犯=5条B項ないし/かつ5条C項「人道に対する罪」で有罪になった者、となるはずである。だがこの3つの罪を2つにグループ分けするなら、「平和に対する罪」「人道に対する罪」という比較的新しい概念をセットにし、それを「通例の戦争犯罪」というより歴史のある概念と対比させるのが自然だ(「AC級戦犯」「B級戦犯)。また「人道に対する罪」を問うとすれば、まずは東京裁判で訴追された(ないし容疑者となった)ような被告人に対してであろうということは、ニュルンベルク裁判と比較してみると容易に理解できよう。そして東京裁判においても事実上「平和に対する罪」は追及されずに終わったのに、より格下(というのは語弊があるが、適切な表現を思いつかなかったので)の被告たちを裁いた裁判で「平和に対する罪」が追及されたとは考えにくい。実際のケースを参照しても、いわゆる「BC級戦犯裁判」で追及されているのは「通例の戦争犯罪」だと考えてよい。


横浜弁護士会BC級戦犯を調査した結果の報告書、『法廷の星条旗 BC級戦犯横浜裁判の記録』(横浜弁護士会BC級戦犯横浜裁判調査研究特別委員会、日本評論社)に、この点を解明してくれるかもしれない記述がある。

 では、どうして、規定と違った分類が一般化したのであろうか。それは、連合国側の説明からきている。昭和二〇年十二月十五日付『朝日新聞』東京版は、連合軍法務部長カーペンター大佐談として、「犯罪者に三種」という見出しをつけて、次のように書いている。「B級というのは山下、本間将軍のごとき軍指導者を指し、C級というのは殺害、虐待、奴隷行為などの犯罪を実際に行った者を言い、A級というのは東條首相のような政治指導者を指し、これについての裁判は、キーナン首席検事がこれにあたる。」これによると、平和に対する罪をおかした者がA級、通常の戦争犯罪を犯した軍指導者がB級、実行者がC級ということになる。
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明らかに、「A級戦犯」「BC級戦犯」という区分は、極東国際軍事裁判所条例よりもこのカーペンター大佐の分類の方とよく合致する。たまたま「平和に対する罪」を問われた被告と「政治指導者」たる被告とがおおむね一致していたために、二つの分類基準が混同されるようになったのではないだろうか。
さてそうすると、「松井石根A級戦犯ではない」論はどうなるか。松井は他の多くの陸軍の被告とは違って、陸軍省で要職についた経歴がない。だが民間人だった大川周明が起訴されたくらいであるから、大東亜協会の会長であった松井を「政治指導者」層の一人に数えることはできなくもない(中国に対する政治工作の好きな軍人でもあった)。経歴を重視するなら、「松井石根A級戦犯である」論が成り立つ余地もありそうだ。ただ、「政治指導者」としての活動で有罪になったわけではない点を重視するなら、「松井石根A級戦犯ではない」論をとるべき、ということになろう。
なお、スポーツ紙などでしばしばなされる用法(「トラ、今季のA級戦犯は!?」)について、極東国際軍事裁判所条例を根拠に「不適切な用法」と批判されることがある。だがこれについてもまた、上記のような経緯を考えるなら、直ちに誤用だとは言えないことになるだろう。


最後に。この件については06年にもエントリを書いているのだが、なにぶん6年も前のことなので、新規に書き直すことにした。