国会図書館「デジタルコレクション」の恩恵

著作権が消滅した資料をデジタル化して利用可能にする国立国会図書館の「デジタルコレクション」が近年大幅に拡充されたことはご存じの方も多いかと思います。国会図書館に出向かなくても自宅から閲覧できる資料が増え(利用者アカウントは必要なケースが多いですが)ています。戦前戦中期の文献だけでなく、意外と新しいものも閲覧可能になっていますので、アジア太平洋戦争の従軍記や部隊史など、古書店をまわるか所蔵している図書館を探すしかなかった文献も利用可能になりました。

たとえば第十軍の憲兵だった上砂勝七憲兵少将(敗戦時)の『憲兵三十一年』もこの通り自宅にいながらにして閲覧できるようになっています。かつては地元の図書館を通じて国会図書館から複写を依頼していたことを考えるとずいぶん楽になりました。

憲兵三十一年』奥付

雑誌『偕行』も閲覧できますので、連載「証言による南京戦史」も自在に読めるようになりました。

『偕行』1984年4月号

むろん部隊史や従軍記はこれまでも歴史研究者の調査対象ではありましたが、多くの市民が(たとえば自分の地元の部隊を調査対象として)とりくむならばなにか新しい発見があるかもしれません。

86年目の7月7日

盧溝橋事件の発生から86年となる今年も、七夕の翌日にグーグルのニュース検索で「盧溝橋事件」を検索してみました。

2023年7月8日の「盧溝橋事件」ニュース

節目の年でもありませんので成果に乏しいことは予想通りです。しかし毎回思うのですが、単に中国で式典が行われたことだけを報じるならともかく、高ランクの政治家が出席するかどうかを関心の焦点にする浅ましさはほんとうに恥ずかしいです。

生体解剖事件資料、九大での収蔵を遺族が拒否

digital.asahi.com

九大生体解剖事件の関係者が残した資料の受け入れを検討していた宇佐市が同市に関連するものがないとして受け入れを断念(地方自治体が公金を支出して管理するなら当該自治体に縁があることが条件になる、というのはやむを得ないところでしょう)下というニュース。さらに当事者である九州大学で収蔵してもらうことを宇佐市が遺族に打診したところ、遺族が断ったということです。断った理由は記事からは不明です。然るべき落ち着き先が見つかることを祈ります。

この証言者のことは過去に当グログでも言及したことがあるはず、と思って調べたらもう10年以上前のことなのですね。

apeman.hatenablog.com

 

毎日新聞、「戦中写真アーカイブ」公開

さる6月12日、毎日新聞はかねてから準備中で2025年の完成を目指している「戦中写真アーカイブ』の特設サイトを公開しました。

mainichi.jp

戦場写真はきわめて訴求力が強くSNSでも出所や真贋が怪しいものを含め多くが流通しています。そのため歴史修正主義の宣伝手段としても、歴史修正主義が史実を侵食する際の端緒としてもよく利用されています。毎日新聞のプロジェクトにはモノクロ写真のカラー化など個人的には評価していないものも含まれていますが、出所のはっきりした写真が体系的に公開されることは歓迎したいと思います。

次回教科書検定以降広島・長崎の原爆犠牲者数は「不明」となる……はずですよね?

www.tokyo-np.co.jp

従来広島及び長崎の原爆による犠牲者数については広島市および長崎市による推計があるだけで、日本政府の責任において調査がなされたことはありません。広島サミットを控えて辻元清美参議院議員が「岸田文雄内閣総理大臣の広島・長崎における外国人の原爆被害状況の認識に関する質問主意書を提出、原爆による犠牲者数とりわけ日本人以外の犠牲者数について「日本政府としてきちんと調査した上で、自らの責任において公表すべき」と迫りました。結果は報道されている通り、新たな調査は「考えていない」というものでした。もっとも日本政府は過去にも自らの責任で犠牲者数を調査したことはないのですから、拒否したのは「新たな調査」ではなく調査そのものということになります。

さてご承知の通り第二次安倍政権下で教科書検定に関するルールが改悪され、閣議決定最高裁判例といった形で示される「政府見解」がある場合にはそれを教科書に書かねばならないことになっています。この答弁書閣議決定されたものですから「政府見解」だということになります。

ただの厄介払いに歓喜するひとびと

昨年書いた「85年目の12月13日」という記事に噴飯もののコメントが付いていました。

たけぞう  

誠に残念です・・・

外務省ホームページの、南京戦で「非戦闘員の殺害があったことは否定できない」との記述の根拠を質問したところ、林外相は「外務省が作成したもの(で)は確認できない」と。

結局は中国のプロバガンダだったということでしようか?

この駄コメントは和田政宗議員のくだらない点数稼ぎを念頭に置いたものです。

これは外務省のくだらない「逃げ」で、歴史的事実と国際法上確定した法的事実に照らせば「ない」とは言えない一方、「ある」と答弁して自民党の右派のご機嫌を損ねるわけにもいかない。「外務省が作成したものは確認できない」ならギリギリ(厳密に言えば南京の日本大使館が当時送った公電などは「記述の根拠」になりそうですが)うそにならずにこの板挟みに潰されずに済む、と考えたのでしょう。外務省が「作成」というのもアホらしい話で、言葉通りなら「保有」は除外されてるわけです。

南京大虐殺の証拠のなかで外務省が「作成」した公文書はそう重要なものではありません。虐殺の「有無」という論点についてであればほとんど無意味です。つまり林外相の答弁も無意味だということです。

「……とされる」の極限

もう先月のことになりますが、『毎日新聞』のウェブ版に面白そうな記事がありました。

mainichi.jp (アーカイブはこちら

熊本県宇城市の墓地に墓石に刻まれた文字の一部が削り取られた墓があり、日中戦争初期に戦没した兵士の墓らしい……。45年の敗戦時に流れたデマの一つに戦犯追及に関するものがあり、場所が熊本とくれば第6師団のことが思い浮かびます。

そこで毎日新聞のデータベースで本紙版を入手して読んでみました(『毎日新聞』西部本社版2023年2月15日、「慰霊碑:「上陸中国軍に報復される」 終戦時デマ、墓石の「戦」削る 地元教諭確認 退避命令、恐怖の末 熊本・宇城の公園」)。

記者が取材した専門家もやはり「陸軍第6師団の兵士らの墓である可能性」を指摘しています。

ところがこの記事には驚くような記述がありました。第6師団について「第6師団は37年に中国で南京攻略戦に加わったとされる」と説明されているのです(下線は引用者)。「日本軍が捕虜や民間人を多数殺害したとされる南京事件」のような腰の引けた表現はいまや日本のメディアの標準になってしまいましたが、南京攻略戦への参加についてまで「とされる」とされているのは始めて見ました。戦史等に記述がなく公文書も隠滅されていて確認できない、といった事柄じゃありません。どんな歴史修正主義者だって否定しない事実です。こんな調子ですから、「南京事件」の4文字も記事にはなく、第6師団の当時の師団長が責任を問われて戦犯裁判で死刑になったことについても記述はありません。本来なら、南京事件への関与を書いておかなければ(地元の高齢者は別として)この記事の意味は十分には伝わらないはずです。右翼への忖度もここまで来たのか、と暗澹たる気分になりました。