「日本だけがひどいことをしたのか?」論について

日本軍の戦争犯罪、日本の戦争責任を巡る議論で必ずと言ってよいほどでてくるのが、「日本(軍)だけが特別ひどいことをしたのか?」という問いである。これに対しては「いや、他国民ならともかく、日本人が連合国側の戦争犯罪や残虐行為によって日本軍の戦争犯罪を相対化するのは妥当ではない」と答えるのがまずはスジであるのだが、あえて相手の土俵にのってみたとしても、全体として日本軍及びドイツ軍(SSや親衛隊を含む)の残虐行為が他の参戦国より際立っていたのは否定できまい。
もちろん、連合国側に戦争犯罪や残虐行為がなかったわけではない。太平洋戦線では日本軍の敗残兵がかなり殺害されているし*1、連合国による戦略爆撃は日本やドイツによるそれよりも多くの被害をもたらした。しかし捕虜を組織的に殺害するといった不祥事は連合国側にはなかったし、日本軍による戦略爆撃アメリカの爆撃ほどの被害を出さなかったのは日本軍が善良だったからではなく、工業力の差によるものである。また、都市への爆撃を初めて本格的に作戦に組み込んだのは他ならぬ日本軍であった、ということも考慮に入れねばフェアではあるまい。その他、毒ガス戦を本格的に展開したこと、単に非戦闘員を巻き添えにするのではなく、特に共産党支配下の地域で非戦闘員を攻撃目標としたこと(当時、もっとも大規模なゲリラ戦による抵抗を受けたのが日本軍だった、という事情による)、略奪のひどさなども、日本軍の戦争犯罪が他の参戦国と比べて深刻であったことを示している。
日本軍(及びドイツ軍)の戦争犯罪を相対化しようと目論む者が好んでひきあいに出すのがソ連軍の蛮行である。確かに、私の知る限り連合国側ではソ連軍による犯罪が非常に深刻である*2。特に悪名高いのはドイツ国内での強姦とシベリア抑留であろう。しかしこれらについても、あえて相対化するならば「ソ連の方がましだった」とする余地が十分にある。まず第一に、ソ連は第二次大戦の参戦国中「自国領土での戦闘で多大な被害を出し、その後敵国領土で大規模な地上戦を展開した」唯一の国である。日ソの戦争で日本領が本格的な戦場となったことがないのに対し、ソ連側にはシベリア出兵の記憶がある。ソ連兵の敵愾心が昂進するのも無理のないところがあろう*3。また、強姦の氾濫が日本軍の場合ほどは長期化していないこと、被害者女性を殺害することは多くなかった*4のも日本軍による性犯罪と異なるところである。シベリア抑留はまごうかたなき虐待であるけれども、捕虜の殺害を目的としていたわけではなかった…。
と、こうやって情状酌量の余地を挙げたところで、被害者にとっては納得がいかないだろう。それはそうだ。私の父親も引き上げ組だったから、まかり間違えば私にとっても他人事ではなかった。しかし同じことは日本軍による戦争犯罪の被害者についても言えること。「日本軍だけが悪いことをしたわけではない」といって連合国側の被害者に納得してもらおうとするのは無理もいいところである。どの参戦国も犯罪を犯した、といって日本軍の戦争犯罪の規模や固有性を軽視しようとするのはそれこそ五十歩百歩論であろう。
特に大切なのは次の点である。日本軍(やドイツ軍)の戦争犯罪を追求したからといって、連合国側のそれを追求する道が閉ざされるわけではない。しかし日本軍の戦争犯罪を免罪してしまえば、連合国側の犯罪を追求することなど到底無理である。負けた側の犯罪を無視して勝った側の犯罪を追求するのは、人間の自然な道徳感情に反するというものであろう。

*1:ただし連合国側には、リアルタイムでそうした行為を問題視する声もあがっているのが日本とちがうところ。吉田裕のこの講演を参照。

*2:犠牲者数では英米軍による戦略爆撃には及ばないかもしれないが、性格がかなり異なる行為なのでなかなか比較は難しい。

*3:ソ連軍が恐怖により軍紀を維持するという、日本やドイツと共通する性格をもっていたことも、犯罪多発の背景であったろうが。

*4:ベルリンとはちがって南京には混血児の出産ラッシュなどなかったから南京事件はなかった…という否定論があるが、被害者を殺してしまうケースが多かったのも「出産ラッシュ」がなかった一つの要因である。