「ゴボウを食べさせた」「お灸を据えた」戦犯問題

本館の掲示板でmachida77さんから次のような情報を提供していただきました。

戦時中に捕虜にゴボウを食べさせた話の件で、ちょっと関連した話題をみつけました。


内海愛子『日本軍の捕虜政策』(青木書店)の記述(p164)で
「イギリス人将校は、ゴボウのことをステッキと呼び、コンニャクにいたっては「象の精液」と呼んでへきえきしたという」
「物不足の一九四五年当時でも、タコ、イカ、ゴボウは手に入りやすかったが、捕虜たちは絶対に食べようとしなかった」
という話が引用されています。
これを考えると、馴染まない食べ物(調理法も関係するでしょう)の一つではあったようです。

やはりこの本、買わないといけないなぁ。個別の事例についての情報を集めることもさることながら、日本軍の捕虜政策全体のなかに個々の事件を位置づけて考える必要もありそうです。とりあえずこの事例は訴追に至ったケースではないようですが。また、捕虜に与える食事が全体として不足していたというケースに比べると、食材の一部に捕虜たちには馴染めないものがあった…というのは微妙なはなしになってきます。捕虜を人道的に扱う義務を負うのは捕虜を収容した国ですから、とりあえず捕虜にあわせた食事を出す義務が日本軍にはあった。ただ、宗教上禁止された食材を出したということではありませんし*1、捕虜側の忌避感に人種偏見が絡んでいた可能性もありそうですから。


もう一件、コメント欄でお知らせをいただきましたのでご覧になった方もおられると思いますが、bat99さんがさらに追跡調査を。「横浜裁判一覧という手書きの書類をコピーしたもの」などというのが閲覧・借り出し可能というのはいかにも地の利をいかした成果、という感じですね。私の場合、特にこれといった「ゆかり」のなさそうな街に住んでいるのが残念です。

*1:ユダヤ系の兵士がいたとすればタコ、イカは宗教上の問題となりますが。