『なぜ戦争観は衝突するか』


岩波現代文庫の4月の新刊、『なぜ戦争観は衝突するか 日本とアメリカ』(油井大三郎)は1995年にやはり岩波から刊行された『日米・戦争観の相克』の全面改訂版とのことだが、結果として非常に良いタイミングでの出版となった。米下院の慰安婦問題に関する決議をめぐる騒動は、「歴史認識問題とは中国、および朝鮮半島との間にある問題(ないし疑似問題)である」とする、保守派に根強い認識が幻想であることを改めて明らかにしたからだ。遊就館の対米戦争についての展示が問題になった際のことをしっかりと教訓にしておけばあんな失態は晒さずにすんだはずなのだが。対日戦での勝利(および東京裁判サンフランシスコ講和条約を経て形成された国際秩序)が正統性のリソースとして大きな意味を持つのは中国だけではなく、アメリカにおいても同様だからである。アメリカにとっては太平洋戦争後に朝鮮戦争ヴェトナム戦争という不人気な戦争が続くだけに、ポスト9.11のように武力行使が行なわれる際に(民主党政権ではなく共和党政権でも)対日戦の記憶が喚起されることは当然予想されることであった。ブッシュJr.の対イラク戦争を支持する傾向と、アメリカが日本の戦争犯罪を問題視することに困惑する傾向との間にあきらかな相関関係がある、という事情は、日米間での「戦争の記憶」をめぐるねじれの複雑さを物語っていよう。


本書でも(さほど中心的な論点ではないが)とりあげられていることだが、太平洋戦争における連合軍の捕虜への虐待問題に対する欧米諸国の怒りを日本の、特に右派は過少評価しているのではないだろうか。その背景には日本人が捕虜となった日本軍将兵の処遇に相対的に無関心であることがあり、そのまた背景にはもちろん『戦陣訓』があるのだろうが、捕虜の処遇という問題に限定するなら(日本と同様捕虜となることをよしとしないカルチャーがあった)中国よりも欧米諸国の方が強い怒りをもっているということは十分考えられる。