Iris Chang, "The Rape of Nanking" (2)

Part I の Chap.2を読了してChap.3へ。Chap.2は基本的に日本側の資料や証言に依拠して書かれた章であるため、記述の仕方は日本側研究者のそれと大きく変わらない。虐殺の背景を論じる際に改めて本質主義的理解を斥けている点などは評価できるのだが、同時に多くのケアレスミスが見られる章でもある。秦郁彦が『現代史の争点』(文春文庫)37ページに掲載した「パラパラとめくって目についた初歩的ミスの数例」の表にある8例のうち、半分の4例がこの章に集中していることからもそれはうかがえる。秦郁彦の推測とおり、日本語に関して著者に協力した人間が旧軍の事情や軍事史に通じていなかったのが一因かと思われる。
しかしこれまた秦郁彦が指摘しているように、著者のチャンよりも本書を受容した側に責任があると思われる点がないでもない。朝香宮上海派遣軍司令官が「捕虜はすべて殺せ」と命じたという噂("it was said..."という表現になっている)をDavid Bergamini の Japan's Imperial Conspiracy の記述を借りて記している部分では、朝香宮本人が直々に下したかどうかは不明である旨断っているし、著者自身の注として長勇参謀が捕虜殺害の命令を出したという可能性が指摘されている(田中隆吉の供述を援用)。そして「長勇が捕虜殺害の命令を独断で出した」という証言ならば、秦郁彦もまた田中隆吉の供述に加えて松井石根の副官だった角良晴証左のものを紹介しており、かつ「長ならやりかねない」とする人も多い、とまで言っている。しかし皇族の司令官が捕虜殺害を命じたとする方がセンセーショナルなのは確かで、注が無視され一人歩きした可能性はあろう。


「南京の遺産」として慰安婦制度にも言及されているが、その際アジア文化儒教、特に韓国の儒教を名指ししている)が被害者に沈黙を強いたことにもきちんと言及があり、著者のアイデンティティを「中国系」という観点からのみ見ることの誤りを示している。戦時性暴力に関しては国籍、民族以上に性別が認識を大きくわけることもある。