『皇軍兵士の日常生活』

帯の惹句は「軍隊という格差社会をどう生きたのか? 徴兵・手当・食事から死亡通知まで」。興味深いのは「はじめに」で語られている本書執筆の動機の一つに、「丸山真男をひっぱたきたい」があげられていること。日本近現代史研究でも近年、戦争による「強制的同質化」という概念が提起されていること、そして「マクロの視点から見たときそうした説はおそらくまちがってはいない」としたうえで、「戦争や徴兵が社会を「平等化」させる魔法の杖のように思われている節はないだろうか」「戦時下の日本社会には徴兵制がもたらした人びとの生と死をめぐる「不平等」、「不公平」が蔓延しており、誰もそれを助けようとしなかった」(原文のルビを省略)という問題提起がなされている(もう一つの課題は「昭和の人びとが徴兵され、兵士になっていく過程を(…)制度と心情の両面から、(…)明らかにすること」とされている)。「戦死の伝えられ方」(第4章)までがカヴァーされているので、時期的には戦後しばらくの時期にまで及んでいる。
日本の軍隊における「不平等」「不公平」は多くの論者、体験者によって語られてきたテーマではあるが、『銃後の社会史』(吉川弘文館)の著者らしく出征した社員の処遇(所得補償ほか)をめぐる軍と財界との懇談会(1942年)などが紹介されているのは興味深い。戦争は早期に終結するという楽観的な見通しで“大判振る舞い”した企業が長期戦になるにしたがって負担を減らしたいと望むようになる一方、“言い出しっぺ”として反感を買うのは避けたい…という心理が浮き彫りにされている。


ちなみに丸山眞男については、南原繁が広島の船舶司令部に丸山の召集解除を依頼する手紙を書いた(結果的には奏効しなかったが)ことをあげて、「普通の庶民が丸山と一緒に徴兵で軍隊へ入ったとしても、彼をいつまでも「ひっぱたける」可能性はかなり低かったことになる」(56ページ)としている。