『日本海軍400時間の証言』

関連エントリ:
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20090809/p2
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100829/p1
http://d.hatena.ne.jp/Apeman/20100906/p1


09年に放送されたNHKスペシャルの取材班が取材のいきさつや舞台裏、番組に盛り込めなかった発見や作り手サイドの思いなどについて書いた本。戸田一成氏が編集した『[証言録]海軍反省会』がPHPから出たことについては「まあそんなところか」と思ったが、NHKの出版部門ではなく新潮からこの本が出たというのはどういういきさつによるものだろうか。その手の事情に通じていないので……。まあ新潮が好みそうな題材とは言えるだろうし、スタッフの個人的な思いが前面に出ている本なのでNHK出版からはかえって出しにくい、といったことなのかもしれない。


全5章(+プロローグ、エピローグ)のうち第1回と第3回に各1章が、特攻を扱った第2回に2章があてられているので、「番組を見なかった代わりに読む」とか「番組の補完として読む」場合には特攻に関する記述がもっとも手厚いということになるだろう。私としては、海軍の戦犯裁判対策を扱った第3回の担当者が執筆した第五章がもっとも興味深かった。
番組では海軍の戦争犯罪を追って中国・三灶島に取材した際のフッテージが使用されていたが、もう一つ、海軍の戦争犯罪被害者の遺族を取材しながら番組では使われていなかったケースがある。インドネシア・スラバヤでオーストラリア人捕虜と現地住民とを不当に処刑したとして、根拠地隊の参謀が死刑になったケースである。番組では、根拠地隊を指揮する第二南遣艦隊司令部が責任逃れをしたため、この参謀(海軍大佐)1人が罪をかぶることになったのではないか、という点が焦点となっていた。だが取材の過程では、オーストラリア在住のリサーチャーから「処刑された捕虜の甥がシドニー郊外で見つかった」という連絡を受け、この甥にインタビューしていたのである(332ページ〜。以下ページ数を省略)。
シドニーに向かった担当者は、リサーチャーからこの事件が発覚した経緯を聞かされる。この捕虜は処刑される前に、牢獄の壁に「これを見た人は、どうか私の父に連絡を取り、私がここにいたことを知らせてください。住所は……」というメッセージを書き残していた。日本の敗戦後、進駐してきたオランダ軍兵士の1人が遺族を捜し出して連絡し、遺族が豪軍に問い合わせた結果事件が発覚した、とのこと。この話を聞きながら、担当者の「気持ちはざわついていた」という。

 私は、初めて、“被害者”の存在に思いを馳せた。
 このときまで、捕虜処刑は艦隊司令部の命令だったのか篠原大佐の命令だったのか、責任は誰にあったのかと、海軍内部での責任の所在をはっきりさせたい、その一心で取材を重ねてきた。そんな中で、私は大事なことを忘れてしまっていた。誰が責任者であったにせよ、処刑によって命を落とした兵士がおり、またその遺族がいること。そんな基本的な視点に、本当に遅ればせながら気づかされたのである。

この回想をひとまず(自己卑下などの要因を考えず)額面通りに受けとるとしてのはなしだが……番組では(また本書でも)、裁判対策にあたった豊田隈雄・元大佐の「BC級裁判の一方的と言われる所以。負けた方の側はどんどん容赦なく裁判されましても、結局勝った方はどんなことをやっても、ちっともとがめられないという、その点が何としても、これは一方的と言われても仕方がないと思います」(315ページ)という発言が紹介されていたが、それと同様の認識を、少なからぬ日本人が特に具体的な根拠もなく受け入れてしまっている、ということはないだろうか? だが、まさにこのスラバヤ事件がそうであるように、敗戦までの日本軍だってやはり戦術レベル・戦闘レベルでの「勝者」として「一方的」な*1裁きを下してきたのである。こういう視点を欠いてしまえば、潔白というわけではないが上位者の分まで責任を負わされてしまった戦犯を単なる「被害者」としてしか捉えられなくなるのだろう。


もう一点、これもおそらく番組ではとりあげられていなかった(一応、録画しておいた第3回はざっと見直した)「海軍反省会」での証言。海軍将兵の弁護人として戦犯裁判に参加した経験をもつ元海軍大佐は、海軍が抑留者や現地住民を皆殺しにして証拠隠滅を図った(ただし、失敗して露見した)事例を2例ほど紹介するにあたって、「陸軍の人にいわせると、海軍というところは俘虜の取り扱い、思い切ったことをやるもんですなと言われている」という、なかなか印象的というか衝撃的な回想を披露している(338-339ページ)。

*1:それとも帝国陸海軍は、自軍将兵戦争犯罪もビシビシ取り締まり処罰した、とでも言うのだろうか?