東京裁判で日本が得たもの

東京裁判の不当性を言い立てる人びとのなかには「事後法だから」「勝者の裁きだから」「歴史上前例がない」*1と言えばことは片付くと思っていたり、具体的な根拠も挙げずに審理プロセスが不公正だと断言して終わりにしているケースが少なくないのだが、そうした人びとは「じゃあ、戦犯裁判がなかったらどうなっていたか?」をきちんと考えてみたことがあるのであろうか? 戦犯裁判を回避するにはどうすればよかったか? ポツダム宣言第10項を拒否すればよかったのである。しかしその場合、連合国の側に「そうですか、じゃあ第10項は撤回しましょう」と申し出る動機も義務も金輪際なかった、ということに留意する必要がある。なにしろ日本の側からしかけた戦争なのだ。しかも連合国側にとって(1945年の段階では)どう転んでも負ける恐れのない戦争である。日本が第10項を受け入れないなら、ポツダム宣言が第13項でうたっているように「迅速且完全ナル壊滅」を実現すべく行動すればよかったのである。アメリカは原爆投下を正当化するためもあって本土上陸作戦の米軍側想定犠牲者数を多めに見積もる傾向があるけれども、当時「たいして犠牲者は出ないだろう」と予測する人びとは米軍内にもいたし、日本軍の「本土決戦師団」なるものは張り子の虎どころが張り子の猫みたいな状態だったから、日本側が一方的な犠牲を出す戦いになったことはまず間違いない。本土決戦が長引けばソ連軍も上陸しただろうし。戦犯裁判を行えないのなら「戦闘行為」によって責任者を殺してしまえ…と考えるのは自然な心理である。3、4発目の原爆をつくって東京も松代も焼き払ってしまっても日本側としては文句を言えた筋合いではない。日本側の戦争犯罪人の処罰を拒絶したのだから。どれだけ残虐な大量破壊兵器アメリカが使用したところで「おおそれながら」と訴え出るわけにはいくまい。当然日本側の死者は現実の歴史よりもはるかに増えただろう。その死者があなたの祖父や祖母であれば、いまあなたはこの世に存在していないはずなのだ。ソ連軍も日本に上陸していたとすれば分割占領され、東京以北(かどうかわからないけど)は「日本民主主義人民共和国」になっていたかもしれないのだ*2。それだけの犠牲を払ってもなお「戦犯裁判は受けいれない」と言う覚悟、ありますか?

*1:前例がないと言えば、自分から仕掛けた戦争であれだけこてんぱんに負けていながらろくに賠償も支払わずにすんだこともまた歴史上前例がないんじゃないかと思うんだが、東京裁判否定論者はこの点については文句も付けずに受けいれているようである。ちゃんと賠償しますから戦犯裁判は止めてください…というのは一つの手だったと思うんですけどね。

*2:大日本帝国」から「日本民主主義人民共和国」への移行はじつにスムーズに行なわれたことだろう。だってほとんど同じ体制だもの。