歴史修正主義のために失われた機会
上記記事に在中ウクライナ人のこのような体験が紹介されています。
(……)ただ彼女の周りの中国人はウクライナへの同情を示してくれたという。「プーチンの手法が、かつての日本の中国侵略を思い起こさせた」ためだ。実際、ロシアの侵攻をそう捉える中国人もいる。それでも「反米」が優先され、国内でロシア批判の声は上げにくいのが実情だ。
プーチン・ロシアの手法が大日本帝国のそれに類似していることについてはすでに複数の指摘があります(例えばこれ)し、当ブログの読者の方々ならそうした指摘を待つまでもなく類似性を感じられたことと思います。
もし歴代の日本政府がアジア・太平洋戦争の侵略性を率直に認めてきたとしたら、ロシア・ウクライナ戦争に関して日本政府にどんなことができたか……。ロシアの手法が日帝のそれに類似していることを中国政府に対して公然と指摘することで、中国政府にプレッシャーをかけることができたはずです。国際社会に向けても、また中国の市民にも(できる限り)届くようにそうしたメッセージを送ることで、中国はいま以上にロシアから距離をとることを強いられていた可能性は高いでしょう。
でも自民党がその可能性を念入りに潰してきたのです。
受忍論を拒否せよ
神戸連続児童殺傷事件から25年ということで放送された関連ドキュメンタリーを2本見ました。
いずれも今年に備えて何年にもわたって取材を続けてきたことがわかる内容でした。ただ、二つの番組を見ながらどうしてもあることが気になって仕方ありませんでした。
どちらの番組でもとりあげられていたのが、加害者から被害者遺族に送られてきた手紙が数年前から途絶えていることです。殺害された男児の遺族も女児の遺族も納得のゆく説明や謝罪がないままに手紙が途絶えたことにやりきれなさを感じており、番組はそうした遺族の気持ちに寄り添っています。
しかしその一方で、私たちは「いつまで謝らせれば気が済むのか」と言い募る「加害者」の存在をよく知っています。納得のゆく説明や謝罪を受けていないという気持ちは同じでも、そうした被害感情をいだき続けていることをなじられる被害者・被害者遺族がいることを知っています。
私はこのブログを始めたころからずっと、刑事犯罪の被害者に対するこの社会の態度と、戦争の被害者に対するこの社会の態度との鮮明すぎる違いに関心をいだき続けてきました。この違いが狭義の歴史修正主義的な動機だけで説明できないことは、日本の空襲被害や沖縄戦の被害に対しても「いつまで言ってるんだ」「カネ目当てだろう」といった誹謗があることで明らかです(もちろん、刑事犯罪の被害者・被害者遺族に対する攻撃を引き起こすトリガーがあることは事実ですが)。この問いへのはっきりした答えを手にしたわけではありませんが、為政者が振りかざす「受忍論」のロジックを内面化していることが一つの要因なのだろう、という感触は得ています。「多くの人間は“戦争だから仕方ない”と諦めているじゃないか。なぜお前はことを荒立てるのか」、と。
しかし戦争は自然災害ではありません。刑事犯罪と同じく、人間の為すことです。戦争指導者を免責するための「受忍論」など拒否すべきなのです。
「歴史戦」の毒が回りきった日本社会
SNS等でさんざん話題になっているのですでに皆さんご存知のことでしょうが。
本人もツイッターで“自白”していました。
【日本外務省がチェック含めしっかりしないと。昨日、外交部会長として外務省と頻繁にやりとりしたが、外務省は約1ヶ月動画を放置した反省と再発防止対策が必要→ウクライナ政府、日本に外交ルートで謝罪。昭和天皇の写真を「ファシズム」と… 外務省が動画に削除要請】 https://t.co/lVTimO9leH
— 佐藤正久 (@SatoMasahisa) 2022年4月25日
いくつもある記事の中からこれを選んだのは、「歴史戦」の関連タームである「情報戦」が佐藤議員の口から出ている、という理由です。「情報戦で負けている」って、いったいどこと戦っているという認識なのでしょうか? 「ウクライナ政府のSNSなどをチェックする担当者を設けるよう求めた」って、これではまるでウクライナが「敵国」であるかのようです。
今回の事態は、大日本帝国がイタリアやドイツと軍事同盟を結んで侵略戦争を引き起こした、という国際的には常識中の常識である認識を表向き受け入れるフリをすることすら、いまの日本政府には難しくなってしまっているということを意味します。戦前戦中の日本の政治体制を「ファシズム」と呼ぶかどうかについて学術的な議論があるからといって、日本がファシストやナチと手を結んだ全体主義国家である事実は覆すことができず、その日本を代表する指導者として昭和天皇が引き合いに出される(それは必ずしも昭和天皇個人をファシストとする評価を含意しない)のは当然のことです。首相では日中戦争勃発時、対英米戦争勃発時、敗戦時でそれぞれ別の人物になってしまうわけですから、アジア・太平洋戦争期を通じて同じ地位にいた政治的リーダーといえば昭和天皇ということになるわけです。
吉田裕さんは日本社会の戦争責任認識について、内向きと外向きを使い分ける「ダブルスタンダード」をかつて指摘しました。しかし第二次安倍政権時代に右翼の要求を日本政府が容れつづけ「歴史戦」に加担するようになった結果、内向きの論理が外向きのポーズを侵食してしまったように思われます。
毎日新聞で南京大虐殺否定論批判
4月1日と8日の『毎日新聞』夕刊に「日本国紀「南京大虐殺はウソ」論を検証 上・下」が掲載されました(大阪本社版)。インタビューを受けているのは笠原十九司さんです。


ご覧の通り(新聞としては)かなりのスペースを割いています。とりあげられている「ウソ」は7つ。
・ダーディン記者、スティール記者の記事は伝聞に基づく
・南京には各国特派員も大勢いたのに大虐殺は報じられていない
・南京の人口は20万
・日本軍兵士と南京市民の和気あいあいとした日常生活を写した報道写真がある
・南京市以外での大虐殺の話がない。日本軍の軍紀は厳正
・30万人も殺したのに松井石根一人しか裁かれていない
「真珠湾」への言及にすら耐えられない日本政府
3月24日に行われたゼレンスキー・ウクライナ大統領のリモート演説。実施が議論され始めた当初右派は大はしゃぎだった。代表的なのがこれだろう。
ゼレンスキー演説が実現すれば、それは「憲法第九条護憲平和主義」への「余命通知書」になろう。ゼレンスキー演説が日露戦争、ソ連参戦とシベリア抑留、北方領土不法占拠に言及し、日本に一層の戦争支援を訴える中身のものになれば、そうした結論になる。立憲民主党のサボタージュも驚くに値しない。 https://t.co/rjyyK9oyrs
— Jun SAKURADA /櫻田淳 (@jun_sakurada_01) 2022年3月16日
要するに第一次湾岸戦争時の "Show the Flag" 発言の再来をゼレンスキー大統領演説に期待していたわけである。
そうした右派に冷水を浴びせたのが、アメリカ議会でゼレンスキー大統領が「真珠湾攻撃」に言及したことだ、というのはみなさん御存知の通り。歴史修正主義者が取り乱すだけでなく、日本政府も日本の国会では「真珠湾」に言及しないよう根回ししたという報道がある。
ただ生中継での演説になることで、日本側が事前にゼレンスキー氏の発言を把握することは難しくなった。演説内容を両国間で事前に調整することがほとんどないままとなるため、「日本企業はロシアから全部撤退しろと言うのでは」(閣僚経験者)という臆測や、「何を言い出すか心配だ」(自民幹部)と懸念する声もあがる。
そうした懸念を少しでも払拭(ふっしょく)するため、ゼレンスキー氏の米国議会での演説内容を踏まえ、演説実施に関わった議員の一人はウクライナ側に「真珠湾攻撃には触れないでほしい」と要望したという。
ふつうに考えれば日本の国会で「真珠湾」に言及する意味はない(ロシアのウクライナ侵略と類似しているのは日本の対米戦争ではなく中国との戦争なので)ので杞憂もいいところだが、満洲事変や南京大虐殺や731部隊ではなく真珠湾攻撃に言及されることにすら耐えられない、というところにまで日本政府は後退してしまったのか、と考えると空恐ろしい事態だ。対内的には東京裁判について好き放題文句を言う一方で対外的には東京裁判が下した評価を受け入れたふりをするという「ダブルスタンダード」(吉田裕)が自民党政府の基本ラインだったわけだが、長期にわたった安倍政権下でこの外面すら投げ捨てようとする志向が強まり、この欺瞞的な歯止めさえ失われようとしているのだろうか。
「幸せなら手をたたこう〜名曲誕生の知られざる物語〜」
昨年11月にBS1スペシャルとして放送された「「幸せなら手をたたこう〜名曲誕生の知られざる物語〜」。
これはもともと2016年に放送された番組だそうですが、これが去る2月14日、15日にBSプレミアムの「プレミアムカフェ」枠で再放送されました。日課の番組表チェック時に番組名は見たのですが、特にこの曲に思い入れもないのでスルーしていました。
ところが14日の放送時間帯にたまたまチャンネルをBSプレミアムにあわせていたらこんな場面が……。慌てて翌15日の再放送を録画予約しました。
曲の作者の男性は、1950年代にYMCAのボランティアとしてフィリピンに滞在します。その際、日本に対する非常に厳しい視線を体験します。その背景にあったフィリピンの人々の戦争体験が生々しく証言されていました。







作曲者の男性がフィリピンに行くことを自分の父親に話した時、父親は「止めておけ」と話したといいます。理由は説明されなかったので、現地に行って初めて父の言葉の意味を理解したわけです。右派の「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム」説によれば、大学院生時代に渡比したこの男性はばっちり「洗脳」された世代のはずですが、日本軍がフィリピンでなにをしたのかほとんど知らなかったんですね。
「歩兵第11連隊の太平洋戦争」
昨年末の13日に「戦争関連番組雑感」という日記を書きましたが、その後になって見るべき番組が放送されました。残念ながら地上波ではありませんでしたが。
マレー半島での華僑虐殺と橘丸事件、及びそれらを裁いた戦犯裁判がとりあげられていましたが、とりわけ印象深いのは華僑虐殺の責任を問われて刑死した下級将校のご遺族(甥)です。BC級戦犯裁判について戦後の日本では、一方的に「裁かれた側」の不平不満が流布することが多かったわけですが、このご遺族の態度はまったく違っていました。
また先月13日の日記で言及した「“祈りの山”に堕ちたB-29」の拡大版が年明けに BS1スペシャルとして放送されていました。
27日に再放送されるようですので、ぜひご覧いただきたいと思います。